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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は李永平とその作品をご紹介します。

台湾馬華文学と李永平(1)

文=赤松美和子

今回は、台湾馬華〔マカ〕文学とその代表的な作家である李永平〔りえいへい〕をご紹介いたしましょう。

台湾馬華文学とは、台湾在住でマレーシア出身の華人が華語(中国語)で書いた文学のことです。1

映画界ではマレーシア出身の蔡明亮〔ツァイ・ミンリャン〕監督(1957‐)の活躍が日本でもよく知られていますが、文学界では馬華文学は今や台湾文学の一つのジャンルとなっています。なぜこれほどまでに馬華文学は、台湾で盛んになったのでしょう。それは、中華民国政府が1950年代に行った華僑教育政策に遡って考える必要があります。台湾に逃げ込んだ中華民国政府は、中華文化の継承と中華民国の国際的な地位向上のための人材育成を目的とする華僑教育政策によって海外に住む華僑の子孫たちの台湾での就学を推進します。中でもマレーシア華人の学生たちは、在学中に文学活動に積極的に加わっていきます。こうして60年代以降、彼らの創作と活動は、台湾の文学界でも知られるようになっていきました。

80年代には、李永平(1947‐)、張貴興〔ちょうきこう〕(1956‐)等、ベストセラー作家も誕生し、1986年に李永平『吉陵鎮ものがたり』が中国時報文学賞推薦賞を受賞すると、マレーシア出身の華人作家は一躍注目を集めます。『吉陵鎮ものがたり』は、2010年に人文書院より日本語版(池上貞子・及川茜訳)も刊行されています。

80年代末から90年代にかけて、黄錦樹〔こうきんじゅ〕(1967‐)等、留学後も台湾に留まり台湾の大学で教壇に立ちながら、創作活動を続ける作家も現れます。黄錦樹や張錦忠〔ちょうきんちゅう〕(1956‐)等大学教員でもあるマレーシア出身の作家たちは、創作のみならず文学研究にも従事し、マレーシア出身の華人が華語で書いた「馬華文学」を、台湾、マレーシア両地において広く認知させました。

90年代後半になると、黎紫書〔れいししょ〕(1971‐)等、台湾への留学経験はないものの、台湾とマレーシアの両方で作品を発表する作家も現れます。

台湾馬華文学の特徴は、中国語で書かれている点、作品に南洋と中国、また台湾が様々に表現されている点にあります。台湾のマレーシア華人たちは、台湾に定住、あるいは長期滞在している作家が多く、作品には、南洋の故郷に対する思いや、熱帯雨林など南洋のイメージが描かれています。また、異国人であるが故に感じる矛盾や衝突が表されている作品もあります。中国との関係、日本との関係からだけでは決して見えない台湾の一面が馬華文学には映し出されているのです。

幸運なことに日本では、台湾熱帯文学シリーズとして4冊の馬華文学の邦訳が刊行されています。先述の李永平『吉陵鎮ものがたり』を第一弾として、ボルネオ島の熱帯雨林で群象の伝説にとらわれた華人一家の盛衰史を描いた張貴興 『象の群れ』(人文書院、2010)2、黎紫書ら現代馬華作家12人の作品を所収した『白蟻の夢魔』(人文書院、2011)3、今、台湾文学界で最も注目されている馬華作家である黄錦樹の中短編集『夢と豚と黎明』(人文書院、2011)4等、台湾馬華文学の面白さが存分に味わえる4冊です5

この中から、馬華文学を台湾文学界に知らしめた先駆的作家である李永平と『吉陵鎮ものがたり』をご紹介したいと思います。

(続きます!)

 
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10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 本コラムは、荒井茂夫、松浦恆雄、高嘉謙、黄英哲「「台湾熱帯文学」シリーズ刊行に寄せて」(李永平著、池上貞子、及川茜訳『吉陵鎮ものがたり』人文書院、2010)を参照しています。 []
  2. 松浦恆雄訳。 []
  3. 荒井茂夫監訳、今泉秀人・豊田周子・西村正男訳。 []
  4. 大東和重・羽田朝子・濱田麻矢・森美千代訳。 []
  5. 日本においての、馬華文学は、他にも戦前の文学作品のアンソロジー、原不二夫編訳『マレーシア抗日文学選』(井村文化事業社、1994)、方北方著、奥津令子訳『ニョニャとババ』(井村文化事業社、1989)、福永平和・陳俊勲訳『シンガポール華文小説選(1945‐65)上』などがある(豊田周子「李永平『吉陵春秋』の読まれた方-台湾を中心に―」(『野草』第89号、2012.2)68頁参照。 []