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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は李永平とその作品をご紹介します。

台湾馬華文学と李永平(2)

文=赤松美和子

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今回は、台湾馬華文学の作家・李永平と『吉陵鎮ものがたり』をご紹介いたしましょう1

李永平は、1947年に英領ボルネオ島サラワクの客家の家系に生れました。高校卒業後に台湾に移り、1967年、台湾大学外国語文学部に「華僑留学生」として入学します。マレーシア時代から創作活動は始めていましたが、彼の文学活動が花開くのは台湾大学在学中のことです。卒業後は、台大外国語文学部で助手を務めながら、文学評論雑誌『中外文学』の編集を務めます。その後渡米し、ニューヨーク州立大学で比較文学修士号、セントルイス・ワシントン大学で比較文学博士号を取得、台湾に戻り、国立中山大学外国語文学部、東呉大学英文学部、国立東華大学英米文学部で教鞭を執りつつ作品を発表し続け、現在は退職して創作活動に専念しています。

移動し続ける華人である李永平にとって、ルーツ探しは宿命的な命題です。彼の第一冊目の小説集『ボルネオの子(原題:婆羅州之子)』(1968)には、タイトルの通りボルネオへの郷愁が表されています。続く短編集『ダヤクの女(原題:拉子婦)』(1976)は、主人公の叔父が、南洋の原住民(ダヤク)の妻を娶るも、華人の家族制度の中での白眼視に耐え切れず離縁し、華人の新しい妻を迎え、南洋の原住民との間に生れた子どもたちを森に遺棄してしまうという物語です。華人文化の混交への複雑な思いと李永平の原郷が中国にあることを示唆する一冊です。

李永平の名を台湾文学界に知らしめたのが、計十二編から成る長編小説『吉陵鎮ものがたり(原題:吉陵春秋)』(1986)です2。台湾の二大新聞の一つである『聯合報』の「副刊(文芸欄)に1978年から85年まで不定期に連載され、その内の一編「天気雨(原題:日頭雨)」は79年に第四回聯合報文学賞(短編賞)首席に選ばれました。全編をまとめ出版された単行本は、第九回中国時報文学賞推薦賞を受賞します。『吉陵鎮ものがたり』は、台湾文学界において確かな評価を得、現代台湾文学界において馬華文学が独自のジャンルを形成するにあたり大きな役割を果たしました。

では物語をみていきましょう。吉陵は、「赤い灯籠」「赤い爆竹」「赤い花嫁衣裳」など中華的な文物に彩られた架空の町として描かれているにもかかわらず、そこはユートピアではありません。

清純で美しい長笙〔チャンション〕は、幼い時にコレラで家族を失い、棺桶屋劉家の養女となり、16歳で棺桶屋の息子劉老実〔リウラオシー〕に嫁ぎます。観音迎えの祭礼の日に興奮したやくざの孫四房〔スンスーファン〕に強姦され長笙は首吊り自殺します。夫の劉老実は発狂し、孫四房の娼婦と妻を包丁で殺害、孫四房は長笙の亡霊や劉老実の陰に怯えて生きていくことになります。小説の中では、観音迎えのあの事件の日がデジャブのように視点を変えて何度も繰り返し描写され、全十二編の因果の物語が、十年の歳月をかけて展開していきます。血腥く暗い救いのないお話なのですが、物語の後半では、雨降りの場面が多く、血と恨みがボルネイの大きな川に洗い流されていくかのようでもあります。

中国という原郷を求めて「中華民国」という名の台湾にやってきた李永平は、台湾で原郷としての中国に出会うこと叶わず、小説の中で中国を追い求め、リアルで鮮やかで恐ろしく孤独などこにもない町「吉陵」を描き出したのでした。

華僑華人の複雑な離散と感傷を表した馬華文学は、台湾文学の特異な一ジャンルであると同時に多元的な台湾文学の大きな魅力の一つとなっているのです。

 
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10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 本コラムは、黄英哲「マレーシア華人の文化郷愁と原郷の追求―『吉陵鎮ものがたり』解説」(『吉陵鎮ものがたり』同上)、藤井省三「“南洋性”と“中国性”とが混淆する架空の町の物語」(『東方』362号、2011.4)、豊田周子「李永平『吉陵春秋』の読まれた方-台湾を中心に―」(『野草』第89号、2012.2)を参照しています。 []
  2. 全十二編は、各巻三編ずつ「白衣」「空門」「天荒」「花雨」の四巻に分かれている。 []