長編小説『マンゴー・ツリーハウス(仮題)』部分訳
原題:『花街樹屋』(「色街のツリーハウス」の意)

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訳=天野健太郎

第6章
ツリーハウスを作ろうと言い出したのはイーヤだった。ぼくの記憶に間違いがなければ、あれは小学校6年生の夏休みだった。

あのころぼくは、冠婚葬祭を賑やかす楽隊をやっているファンの家へ遊びに行くのが好きだった。ファンのうちは大通りに面していた。1階の入り口は鉄のシャッターで、うちの玄関の塩ビの軒よりずっと背が高かった。だから、ファンのところの軒下アーケードでバドミントンをするとき、せり出した2階の底にシャトルがあたって、ノーカンになることはまずなかった。細く曲がった路地で暮らしていたぼくとイーヤからすれば、それだけで十分豪勢なことだった。でも、ここのすごいところはそれだけじゃなかった。ファンの家は3階建てのコンクリートビルで、さらに屋上にはトタン屋根の小屋があった。母さんが教えてくれた。ファンの家のことを「透天厝(空まで自分の家)」って言うんだ。このあたりで、あんな家に住める人は限られてる。つまりファンは間違いなく幸せの星の下に生まれた子供で、そうでなければ自らの足で地面を踏み、見上げれば空しかない豪気な家に授かるわけがない。ぼくが、「うちだって2階建てで、地面から空まで全部自分たちのものじゃないか。ならぼくだって、幸せな星の下に生まれてきたってことだろ?」と言うと、母さんは、味噌くそいっしょにするな、と言った。「今、お前がいる場所をよく見てみろ」と声のボリュームが一段上がる。食卓でピーナッツを剥きながら米ウォッカ(米酒頭)を呷る父さんに聞こえるように、母さんは言った。「うちのは違法建築って言うんだ。いいかい? あっちは西洋風のコンクリートビルだ。こっちは板切れを立てかけただけのバラックだ。外でそんなこと言うんじゃないよ。わたしがご近所に笑われる」

ファンの家のシャッターが下ろされることは、永遠にないように思えた。一日中誰かがやって来ては、ヒノキを輪切りにした茶飲みテーブルを囲んでいた。大通りに面した、商売をしたらさぞ儲かるだろう1階に、ファンの父さんは大きな茶飲みテーブルと、スチール製のデスクと書類棚しか置かず、あとはピンクのコチョウランと、馬蹄金貨の模型を組み合わせた「金のなる木」の寄せ植えがふたつあるだけだった。せっかくの場所がいかにももったいないが、ファンによれば、それは風水・五行[ごぎょう 万物は五つの要素からなるという中国古来からの自然観]の考え方によるものだという。スチールデスクは「金」、テーブルは「木」を意味し、お茶を煎れるには当然「火」と「水」が要る。最後に、半分人工、半分自然の金のなる木が「土」をもたらす。部屋の調度品だけじゃない。ファンの名前は「鑫煌〔シンファン〕」だから、金と火を含む。父さんは「淼坤」だから水を含む。さらにふたりの姓は「林」だから、五行の水、火、木、金、土がすべて揃っている。仕事にも、健康にもいいことづくめって寸法だ。ファンは言った。かりになにか悪い目に遭ったって、少なくとも、自分が生まれつき、なにか足らないからだと悩むことはない。

ただ、ファンとファンの父さんには、足りないものがひとつだけあった。ファンは母さんがなく、ファンの父さんには妻がなかった。
ファンの父さんは毎日線香を二本炊き、神棚と玄関にさした。毎年毎年、旧正月の一日には、日の出前から街で一番大きなお宮に並び、ある年は「一番香」を上げることにも成功した。完璧な五行と、街一番の敬虔さをもってしても、ファンの父さんの、妻に逃げられたという不足は埋められることはなかった。

ファンが言った。父さんは、女にはこと足りている。だって、うちに出入りする「おばさん」は多すぎて、ひとりひとりの名前を覚えられないほどだった。ファンの父さんはファンに言った。「おれたちが住むこんな街では、女だけはこと足りている」 でも、ファンの父さんには、洗濯とご飯の準備をしてくれる人が足りなかった。仮に現れたとしても、ファンはそれを「母さん」と呼ぶつもりはなかった。もしいつか、父さんが「おばさん」を「母さん」に呼べと命令されたら、即刻家を出るつもりだった。

その話にはイーヤもいたく共感したようだった。なぜってイーヤのところにも、足りないものがあったからだ。小学校に上る前、ぼくらが三輪車でこの路地をうろうろしていたころ、イーヤの父さんは朝、家を出て、それきり帰ってこなかった。彼のバイクは、川の上流の堤防で発見された。イーヤの父さんは海に近い下流のマングローブ林で見つかった。死体にはハエがびっしりたかり、片手のハサミを振りまわすシオマネキがうじゃうじゃとりついていた。ぼくらの街から一番近い川岸では、ときどき水死体が発見されたから、ひとひとり溺れ死ぬくらいどうってことはなかった。だいたい自殺する人間、とくに色恋沙汰で悩んだ人はみな、川岸公園に向かった。そしてきっとかつて愛の告白した、あるいはプロポーズしたであろう吊り橋の上から、おもむろに飛び込むのだ。死体は、ぼくらの街に面した水門あたりに浮かび上がり、日の出前から川べりを元気に散歩する老人たちを驚かした。水死体は珍しくもないが、イーヤの父さんが溺死したという事実は、ご近所に大きな衝撃を与えた。彼は市の環境局の河川調査員、つまり公務員だった。イーヤの父さんのバイクは堤防に停めてあった。堤防の先には、トタン板で隠された化学工場があり、廃水の不法投棄を続けていた。しかも何台ものショベルカーが土砂の不法採掘をしていた。イーヤの父さんの肺に水は溜まってなかった。ただ後頭部が大きく割れ、その傷口をカニが出入りしていた。お宮のガジュマルの下に集まった大人たちは、入手したさまざまな手がかりから、犯人と犯行状況を無数に組み合わせた。どれをどう推理しようが、疑いようのない事実がひとつあった――イーヤの父さんは殉職した。だから、イーヤの母さんは役所から多額の見舞金を貰ったはずだ。

「樹の上に小屋を建てよう」
イーヤは、父を亡くして6年たったあの夏、ぼくとファンに言った。
そのアイデアに、ぼくらは即座賛成した。夏休みはこんなに長くて、ぼくらの遊べるエリアはこんなに狭い。イーヤの母さんはイーヤが水門を越えて、川辺に行くのを許さなかった。夫を奪った川で、息子の身になにか起きてはと心配したのだ。ファンの父さんは、3階建ての家でファンを好きに遊ばせていたが、でも屋上にある鉄の扉には錠を閉め、けっしてその先にあるトタン小屋に入らせなかった。ぼくの母さんはぼくを放ったらかしにしていたが、いつも顔を曇らせ、恐怖心を植え付けるように「夜市の大門の先には絶対に行ってはいけない」と言った。母さんは理由を言わなかった。でも、夜市の北側に子供たちが見ることのできないなにかが隠されているとぼくらは知っていた。そしてそれこそが、母さんがこの街を出て行きたい理由だった。

水門の外を流れる川と夜市の大門通りにぼくらの街はざっくり削られ、どこかへ飛び出していきたいぼくらを押さえ込んだ。残されたのは碁盤の目のように交わる賑やかな通りで、そこは大人たちの商売と移動の道具であふれていた。たいして広くもないアーケードはビーフンを炒め、イカのとろみ汁(魷魚羹)を煮る調理場であり、金物屋がバケツを重ね、はしごを立てかける倉庫であり、また洋品店がバーゲン台をはみ出させ、バイク屋が油とタイヤを交換する場所であり、夜は宿なしの、昼は飲み助の寝床であった。夜市の屋台は夕方にならないと出てこなかったし、それは大門の内側のアーケードに集中していたけれど、ぼくらはまるで24時間中、市場のなかで暮らしているように思えた。ぼくらの活動エリアは限られていて、夏休みは終わりが見えないほど長い。イーヤのアイデアは渡りに船だった。樹の上に小屋を作れば、この夏、格好のミッションになる。

「でも、樹の上の小屋って、どうやって建てるんだ」 ぼくとファンは訊いた。
「ツリーハウスを作るにはまず樹がいる。それから板がいる。ぼくらにはどっちも足りてる」 と、イーヤは答えた。ファンの家の裏に、誰も住んでいない日本式家屋があった。瓦と梁、柱は崩れ、庭にはマンゴーの樹が高く、大きく枝葉を茂らせていた。梢はファンの3階建てコンクリート住宅よりさらに高くあった。ぼくらはおばけが怖くて、塀を乗り越え、この廃屋に忍び込むような根性はなかった。でも夏休み前、大通りのほうにあるらしい建材屋がここを資材置き場にした。何台ものトラックがやってきて、長かったり、短かったりの木材を庭いっぱいに置いたあと、ここはぼくらの新しい遊び場になった。塀を乗り越える必要も、シロアリにやられて崩れかけた赤い門を潜る必要もない。庭に置かれた木材は、ちょうど一階建ての屋根ほどの高さがあり、ぼくらは堂々、ファンの家の大人たちが茶を飲む応接間を通り過ぎて、2階のファンの部屋の窓からひょいっと飛ぶだけで、無事、木材の楽園に舞い降りた。

問題は、ぼくら都会っ子は、誰も樹の上の小屋を見たことがないことだった。そのツリーハウスというものがいったいどういうものか、誰も知らなかった。
「簡単だよ」 ピアノ教室のレッスンを終えたイーヤが家に帰る途中やってきて、ぼくとファンに言った。楽譜入れから子供百科事典を1冊取り出し、カラーページを開いた。そして読み上げる――「ツリーハウスには、眺望式と住居式のふたつがあります。眺望式は防御、警戒のために建てられ、構造は簡単ですが、高い樹の上に作らなければなりません。住宅式はそこで生活をするためのもので、壁と屋根で雨風を遮らなければなりません。」 ファンとぼくはそのイラストに惹きつけられた。草で作った腰箕を巻き、槍を片手にツリーハウスを登り降りするアフリカ人の子供だった。だからイーヤがそのあとなにを言ったかまるで聞いてなかった。「で、どっちを建てるんだ?」ファンが訊いた。「眺望式だよ。高ければ高いほどいい」イーヤが答えた。ぼくは訊いた。「でも、そこからなにを見るんだ?」

「なにを見る?」 イーヤはぼくがなにを訊いているかわかってないようだった。
「そうだよ。ツリーハウスからなにを見るんだ?」
「決まってる。ぼくたちの未来だよ」

第7章
「子ブタさん、子ブタさん。早くドアを開けてください」 ぼくはオオカミの声色で言った。
リンリンはもう何十回、何百回と聞いているはずだが、それでもうれしそうにぼくの膝の上でこの物語を聞いている。オオカミが二匹目の子ブタの家を訪ねるところで、リンリンは結末を先取りし、「子ブタめぇーー」と声を張り上げた。そして、ほっぺをふくらまし、力いっぱい息を吹く。絵本のページにまで、つばが飛んだ。

「もういっかい」 オオカミが煮立った鍋に落ちて、いいスープになったところで、リンリンはまた「三匹の子ブタ」のお話をねだった。
「3回も聞いたじゃないか。次は『かえるの王子』にしよう」
リンリンはぼくの顔を見上げると、右手の指を三本広げて言った。「もういっかい」
「『もういっかい』はそうじゃない」と、ぼくは手を伸ばし、リンリンの指を一本一本つまんでいった。「これだと『もうさんかい』になっちゃう。こうしてごらん」と、ぼくは人差し指をつきだして、リンリンに見せた。
「もういっかい! もういっかい! もういっかい!」 リンリンはぼくの手を払いのけ、足を蹴り上げ、泣き出した。

そして、オオカミはまたこの三匹の子ブタたちの家に現れた。4回目は少しアレンジを加えてみた。一匹目の子ブタはトタン屋根の違法建築を家にしていて、ヒューっとあっさりオオカミに吹き飛ばされた。二匹目の子ブタはツリーハウスを作っていたが、これもビューっとひと吹き、樹もろとも吹き倒された。三匹目の子ブタはコンクリート建てのビルで、オオカミがどんな力を振り絞っても倒せない。おまけに、ビルには煙突もなく、高くて屋根にも登れない。オオカミはついに子ブタを襲うことを諦め、子ヒツジを探しに去って行った。

リンリンはまたたきしながら、聞きている。どうやら建物が変わったことに気づいてないらしい。この年頃だと、認知力が養われている真っ最中で、まだまだ混乱がある。例えば「A」と「4」の区別がつかなかったり、主語の一人称が二人称と混同したり。「前」と「後ろ」もどっちがどっちかわかってない。
ぼくはそれをあえて正すこともしなかった。それはそのうち、自分でわかってくることだ。でも、アンは焦っているらしい。

「大丈夫かしら? もう二歳になるのに3も4も言えないなんて」 アンはインド人みたいにタオルを頭に巻いて浴室から出てきた。左右の指を二本ずつ使って、乳液を頬に叩き込んでいる。「数字なんて十個しかないのに、6と9の区別もつかない。どっちの○が上で、どっちの○が下かわかんないみたい」
「6と9はそりゃ、よく似てるよ。ほら、どっちの頭が上で、どっちの頭が下か違うだけだよ」 そう言って笑いながら、ぼくはアンの背後から近づき、忙しそうな両腕の隙間からバスローブの内側へ手を挿し入れた。「アラビア人を恨むしかないね。数字のデザインがわかりにくいって」
「リンリンの学習能力、ちょっと遅いと思わない? うちの経理の子、一歳と半年なのに、もう『ㄅㄆㄇㄈ[ブプムフ 台湾で使われる発音記号「注音記号」]』が言えるのよ」と、彼女はおしりを振ってぼくをはねのけた。「リンリンが見てるわよ」
「見てたっていいさ。なんのことかわからない」
「リンリンが、なにもわからないと思ってるの? 小さい子供だからってバカにしちゃダメよ」
「学習能力が遅いって言ったじゃないか。早いのか遅いのか、いったいどっち?」
「それとこれは別よ。いっしょにしないで」
「暗号理論の観点からすれば、混乱というのは安全設計の核心なんだ。ぼくらが暗号を構成するときは、まず混乱を作り出し、それを拡散することで情報を守るんだ」
「またそれ……」
白目をこちらに向けたあと、アンは頭のタオルを剥がしてドライヤーをかけ始めた。ゴーゴー吹き付ける熱風はつまり、もうぼくの話を聞きたくないという意思表示なわけだ。鏡の前で頭をかがめ、一方の手で濡れた髪をワシャワシャと掻きながら、もう一方の手でドライヤーをあてている。なんだか脳みそのなかのいらだちを吹き飛ばそうとしているみたいだった。

ドライヤーの音を耳にして、リンリンがリビングへ逃げて行った。そして床マットの上で積み木遊びを始めた。ぼくはオーディオのスイッチを入れ、リンリンが大好きな「たのしいこどものうた」のCDをかけた。これで最後まで邪魔されず、話ができる。
「3と4が言えないって、四の五の言わせないかわいさだと思わないか?」
「四の五の言ってるのはあなたでしょう? くだらない冗談ばっかり言わないで」
「そんなに焦って、子供に向かってなんでもわかれなんて言う必要はないんじゃないか? どんな子供だって、言語習得において混乱期を経験する。リンリンだって1から10も言えないし、『ㄅㄆㄇㄈ』も言えない。でもそれが彼女に危険をもたらすとでもいうのか? そんなことないさ。そもそもこの時期の子供は本来こうあってしかるべきだと思うよ。子供にとっては混乱こそが正常なんだ。おもしろいじゃないか?」
「ふーん、そう」
「君は忘れているかもしれないけど、8とBだってよく似ている。でも自分で気づいてないだけなんだ。リンリンはそうやってぼくらに、新しい発見を見せてくれるんだ。子供の目には、8もBも同じだってね。どっちもふたつの○がくっついている。ぼくら大人はその差異を明確にし、8は○で、Bは半円だって笑うだろう。人によっては発育上、問題があるんじゃないかって心配する。でも、リンリンはまだ二歳なんだ。赤と黄色がわからなくたって、ニワトリとカモの区別がつかなくたっていいんだ。この年頃の子供には、混乱する権利がある。そう思わないか?」
アンはぼくに構わず、ドライヤーを置くとまだ乾ききってない髪をモシャモシャ掻きながら、パソコンのほうへ歩いていった。(略)

 

 

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訳者プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。