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「小さな島の文学の豊かさ」

『複眼人』呉明益(夏日出版、2011年)

 文=天野健太郎

訳者として、訳した作品の原著者と会うのは、なかなかおもしろい(それなりに気は使うけれど)。今回の訪台でも、これまで訳した5作品のうち4人の著者とお会いした。日本の文芸雑誌編集長4人を招き、台湾の文学を知り、出版人と交流していただくイベントを開催したので、そこで訳書の原著者・呉明益とも面談した(私はコーディネート兼通訳)。編集長のみなさんにはあらかじめ、4月に邦訳刊行した連作小説集『歩道橋の魔術師』(白水社)を読んでいただいていたので、積極的かつ具体的な質疑応答、意見交換ができた。

呉明益という人は端的に言うと、クールでイケメン、かつ知性的な作家だったが、彼はまた自然を愛し、自転車を愛する人で、会食が終わったあと、川辺にある自宅まで自転車で帰っていった(しかもスポーツタイプでなく、レトロなやつである)。かっこよすぎる。complicatedeyes

小説のなかでも彼はいつくしむように自然を描く。とりわけ川や水のイメージは、彼の作品から切り離すことができぬテーマのようだ。たとえば『複眼人』(2011年、夏日出版)は、環境破壊が進んだ近未来の台湾を描く長編小説で、そこで登場する少年・アトリーは、現代文明にまだ発見されていない太平洋の原始の島から、ひとり筏で漂流して台湾にたどり着き、そこで孤独な台湾人女性・アリスと出会う。

この小説の豊かさは、この小さな島が体現する豊かさである。山と海、都市と自然、神話と現代科学、原住民族と漢民族、男と女――複数の視点、複数の価値観、複数の言語で現代社会と人を描くのだが、とりわけ台湾原住民族の真理や原始の島に伝わる海の神話は、我々近代人の価値観を静かに揺さぶる。まさに多言語、多民族国家・台湾でしか生まれえない総合小説である。

そして、『複眼人』に描かれる人はみな、ルーザー(敗北者)であった(とりわけ、アミ族の女性・ハーファンの人生はみじめで、だから美しい)。彼らを見つめる眼差しにはいつくしさとともに、ある種突き放すような冷徹さがある。災害や不幸がまるで、全体から見たら取るに足らない些細な、無数の変化のひとつであるかのよう…… また自然やその人物は、他者(筆者)の理解と干渉を超えた崇高なものであるかのように……

夫と息子を山の事故で失ったアリスは、アトリーと共同生活を過ごすうち、少しずつ悲しみから立ち直っていく。アリスは遭難事故の真実を知るため、アトリーとともに山へ向かった。山には、遭難のすべてを知る「複眼人」がいた。深い山中で、まるで複数の自分と向かい合うような哲学的対話が繰り返される。複眼人は言った。「私は誰か? 私は見守る者。そして何にも関わることのない者」

 

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プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。