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台湾史の多元性を象徴する鄭成功(2)

文=黒羽夏彦

鄭成功に関しては日本でも近松門左衛門『国性爺合戦』以来、多くの作品が書かれてきた。彼のハイブリッドな出自が作家的想像力をかき立てるのか、虚虚実実のストーリーも多い。小説作品としては、例えば長谷川伸『国姓爺』(上下、徳間文庫、1989年)、伴野朗『南海の風雲児・鄭成功』(講談社文庫、1994年)、中嶌正英『黄土の夢』(1~3部、講談社、1995~1998年)、陳舜臣『鄭成功──旋風に告げよ』(上下、中公文庫、1999年)、白石一郎『怒涛のごとく』(上下、文春文庫、2001年)、司馬遼太郎『大盗禅師』(http://www.amazon.co.jp/dp/4167663058/)(文春文庫、2003年)等々、他にも網羅しきれないくらいあるし、安彦良和のコミックス『麗島夢譚(うるわしじまゆめものがたり)』(1~4巻、徳間書店、2009~2012年)でも物語上のモチーフとして鄭成功が使われている。

評伝的な書籍としては、石原道博『国姓爺』(新装版、吉川弘文館、1986年)、寺尾善雄『明末の風雲児──鄭成功』(東方書店、1986年)、河村哲夫『龍王の海──国姓爺・鄭成功』(海鳥社、2010年)、森本繁『台湾の開祖──国姓爺鄭成功』(国書刊行会、2014年)などがあるし、鄭氏政権の背景を知るには林田芳雄『鄭氏台湾史──鄭成功三代の興亡実紀』(汲古書院、2004年)が信頼できる。

17世紀、東アジアの海では貿易商とも海賊ともつかぬ漢人や日本人の船乗りたちが跋扈し、さらにはヨーロッパ人も来航、様々な勢力が角逐する舞台となっていた。鄭成功の父・鄭芝龍もそうした中で持ち前の行動力や語学力を駆使してのし上がった一人である。北方の満洲族におされて弱体化しつつあった明朝は鄭芝龍の実力に注目して任官、鄭成功もこの頃に大陸へ渡った。科挙に合格して秀才となった鄭成功のたたずまいは皇帝の目に留まり、皇族の朱姓を賜る。これにちなんで「国姓爺」と呼ばれるようになった。

1644年、李自成によって明朝が倒れ、さらに清朝が怒涛のように南進してくる情勢の中、明朝遺臣は各地で抵抗運動を継続、鄭成功は反清勢力の中心を担うことになる。こうした中国情勢の変動は、日本へ援軍を求める動きが活発になったり(いわゆる「日本乞師」〔にほんきっし〕)、鄭成功陣営に日本人の精鋭部隊もいたり、日本との関わりも深い。鄭成功は1658年に南京奪回を目指して大々的な軍事作戦を発動したが大敗を喫し、態勢建て直しの根拠地が必要となった。そこで目をつけたのが台湾である。

当時、台湾ではオランダ東インド会社がすでに城砦を築いていた。すなわち、ゼーランディア城とプロヴィンティア城である。台湾を貿易上の拠点とするのが本来の目的であったが、やがて農業開発にも着手、労働力として対岸から漢人の移住を奨励する。ただし、オランダ人による過酷な収奪政策に対しては漢人移民の不満が鬱積し、たびたび反乱も起こった。1661年、鄭成功はそうした漢人移民の手引きや内応も巧みに利用しながら台湾へ攻め込み、オランダ人を台湾から追い出すことに成功した。ただし、翌年には彼自身も病没してしまう。

鄭成功のハイブリッドな出自と波乱に富んだ生涯は、後世の人々に様々な解釈の余地を残すことになった。日本統治時代には、彼の母親が日本人であったことが強調されて「開山神社」に祀られ、日台融合のシンボルとして利用された。国民党政権の来台以降、鄭成功が掲げた「反清復明」という大義名分は蒋介石の呼号する「反攻大陸」と結び付けられた。オランダ人追放という事績に着目すると、外国の侵略者を撃退した「民族英雄」と評価され、この点については国民党だけでなく中国共産党も同意する。ただし、台湾原住民にとっては鄭成功もまた侵略者の一人なのだが。鄭氏政権が台湾の本格的な開発・経営に乗り出した点では「開台始祖」と呼ばれるし、台湾独立運動では初の独立政権とみなす考え方もある。晩年になってフィリピン遠征計画など海外雄飛を目指した点では海洋文明開拓の先駆者と位置付けることもできる。

時代や政治的立場の相違によって、鄭成功は全く異なった容貌をもって描かれてきた。逆に言えば、だからこそ鄭成功伝説はしぶとく生き残って来たとも言える。台湾史の多元性を象徴する人物の一人であることは間違いない。

 

 

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA黒羽夏彦(くろはなつひこ) 台湾専門ブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」、書評ブログ「ものろぎや・そりてえる」を運営。1974年生まれ。出版社勤務を経て、2014年3月より台南の国立成功大学文学院華語中心へ留学。東アジアの近現代に交錯したさまざまな人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。