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「現代台湾人が描く、日本統治時代台湾」

『殺鬼』甘耀明(寶瓶文化、2009年)

 文=天野健太郎

2014年9月の東京で、日本統治時代台湾の文学・歴史をテーマに、トークイベントを行った。ゲストは、台日の著名作家さん5名。うち若手台湾人作家(といっても、40代)の甘耀明さんとは初めてお会いしたが、とてもナイスで、クレバーな方だった。
通訳さんを交えての事前打合せで、まず問題になったのは、トークテーマである自作小説『殺鬼』のタイトルをどう訳すかである。そもそも小説のタイトルの訳というは難しいが、なにせ「鬼殺し」である。「鬼」と言っても、日本人がイメージする(桃太郎に出てくるような)具体的な存在でなく、抽象的な概念だから始末が悪い。とりあえず「鬼を殺す」という、中途半端な仮訳で通したが、おもしろいことに、甘さんはトークイベントの挨拶で、「日本語版刊行前から、すでにタイトルだけブランド化していると聞きました。日本酒の名前になるとは驚きです」と、さっそくつかみで使っていた。bookreview201409ganyaoming

 
 
ストーリーは荒唐無稽である。日本統治時代(1940年代)、台湾の片田舎にパー(劉興怕)という少年がいた。怒り狂う牛をも素手で止める怪力の持ち主だが、両親に捨てられた孤児で、祖父と暮らしていた。日本の軍人になりたかった彼は、戦争に巻き込まれていく台湾で、鬼中佐と呼ばれる日本軍人に見出され、その養子となり、日本名に改名して軍人となる。しかし戦争のせいで彼は片目を失い、日本は敗戦する。戦後台湾へやって来た国民党軍は、当然その怪力の軍人を見逃すわけがなく、彼を国共内戦の戦場で戦わせようとする。祖父はパーを守ろうとして……
中上健次ばりの濃密な文体で描く、郷土性と歴史性を兼ねそなえた大長編(中国語で30万字=『台湾海峡一九四九』より長い)である。「台湾の歴史を描く小説はどうしても写実主義に偏りがちだが、自分はガルシア・マルケスよりずっと幻惑的なマジックリアリズムを目指した」と、甘さんは自信たっぷりな表情を浮かべ、「日本統治時代を台湾人にとって悲惨な時代と単純化して捉えるのでなく、当時の人をしっかり描きたかった」と、その創作意図を語った。

とはいえ、彼は日本統治時代の台湾について知っていたわけではない。戦後の国民党統治下、「学校で習ったのは中国の地理で、東北地方から香港まで、どうやって鉄道に乗って行くかは覚えたが、台湾のことはまったく知らなかった。きっと沖縄の人が、東京の地下鉄の路線図を熟知しているような奇妙な状態だったのでは?」
だからこそ彼は、台湾の過去を自由に知り、語ることができるようになった今、祖父母の時代を小説で再現したのであり、だから台湾の現代文学は歴史性(と政治性)から離れられないのだろう。

甘耀明初邦訳作品『神秘列車』
http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=09040

 

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プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。