イベント概要

「私の知らない台北」を発見できる 同時代台湾作家の小説の楽しさ

2015年6月26日(金)、吉祥寺の古書店「百年」で、台湾作家・呉明益さんと何致和さんによるトークイベントが行われました。平日の雨の夜、しかも都心から少し離れた吉祥寺でのイベントながら、店内いっぱいに用意された50の席はぎゅうぎゅう詰めの満員。最近少しずつ日本に紹介されつつある台湾の小説とその書き手に対する、日本の読者の関心が高まってきていることを感じます。
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まず、今年4月に『歩道橋の魔術師』の邦訳が刊行された呉明益さんが、この小説を含む近作の創作の動機や背景について、スライドを映しながら話してくれました。

呉さんは『歩道橋の魔術師』前後の5年間で、3つの作品を書きました。1作目が、既に英国版・米国版・仏語版が刊行された『複眼人』。近未来、太平洋上のどこかにある原始生活を送る島から小舟で漕ぎ出した少年が、海に浮かぶ巨大なゴミの島と共に大津波によって台湾の東海岸に打ち寄せられ、そこで現代的な生活を送っていた台湾人女性と出逢う話だそうです。

「十数年前、台北から、台湾東部の花蓮にある学校に赴任し、たくさんの台湾原住民の人々と付き合うようになりました。私はそこで初めて、原住民の文化的精神世界の豊富さに気が付き、驚かされました。それに刺激を受け、私は『複眼人』で、台湾原住民の中から布農族(ブヌン族)と、阿美族(アミ族)を選び、主要な登場人物に加えました。

台湾は、変化に富んだ、複層的な豊かさを持つ自然環境に恵まれた島で、人々はもともと自然と調和して生きていました。しかしこの約50年間、都市化や経済の発展と共に、台湾人はそのことを忘れていきました。この小説のタイトルを『複眼人』としたのは、台湾に生息するたくさんの美しい蝶たちが持つ複眼のように、多元的な観点から、もう一度私たちの島を見直していこう、という意味があります」

続いて、呉さんの話は『歩道橋の魔術師』の舞台、「中華商場」に移りました。1971年生まれの呉さんは、1970~80年代にこの団地兼商店街である中華商場で育ちます。
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「1961年に完成したとき、3階建ての中華商場は、その周辺で一番高い建物でした。商場が建設される以前のこの場所は、線路沿いにスラムが広がる貧民街でした。中華商場が完成して、1000軒以上のありとあらゆる業種の商店が集まると、台北人も外国旅行客もこぞって遊びに来る台北で一番の人気スポットになったのです。

とはいえ、もともと貧民を収容するために建てられたものですから、中の設備は貧弱で、住むにはひどい環境でした。トイレや炊事場は共同。特に階段の踊り場にある共同トイレは、子供の頃の私にとって悪夢のような場所でした。それゆえ、後に私の作品の中に度々登場することになります。店舗兼住宅の一つ一つのユニットは、居住空間を兼ねているベランダ式の前廊下を除けば、わずか2.5~3坪(10㎡以下)。私は7人兄弟で、父母を入れて家族9人がそこで住んでいたのです。

狭い空間に貧しい世帯が寄せ集まって暮らしていたので、商場内での住民同士の関係はとても密接でした。あの頃の中華商場には、外省人、閩南人、客家人、原住民などの多種多様な出身の人々が隣り合って生活していて、それがごく普通のことでした。私はそんな環境で育ったので、いま台湾社会で問題とされているようなエスニックグループ間での確執や、疎外意識のようなものを感じることはあまりありません。

その後、台北は急速に発展しました。完成当初その周辺で一番高い建物だった中華商場は、90年頃にはその周辺で一番低い建物になり、台北で一番人気のスポットから台北で一番落ちぶれた場所になり、最後は地下鉄建設のため取り壊されました。私は中華商場が取り壊された後、しばしば、台北の発展の歴史を収めたこんなにも重要な場所が、それを正式に記録した資料映像や芸術作品が作られることもなく、あっさり消滅していったことをとても残念に思いました。だから私はこの小説を書くことで、商場を永遠に残したいと思ったのです」

そして、今回日本に来る前日に刊行されたばかりの呉さんの最新作『單車失竊記』(仮訳:自転車泥棒)は、主人公の父親が無くしてしまった自転車の、その後20年の物語だそうです。
「自転車は、近代化の象徴でした。日本人によって1905年に起こされた台湾の自転車産業は、戦後は台湾企業に引き継がれ、1960年代には1000以上の国産自転車メーカーが割拠する“自転車王国”となります。

一方、第二次世界大戦中、東南アジアに進出した日本軍は、マレーシアで自転車部隊を組織しました。小説の主人公の父親は日本軍に徴用され、この自転車部隊に参加します。また日本軍はミャンマーで象による物資輸送部隊を作りましたが、その中の3頭が最終的に台湾に連れてこられ、うち1頭は圓山動物園で飼育されました。この象は70歳まで長生きし、すべての台北人の共通の記憶になっています。作品の中でも、主人公の父は娘を自転車に乗せ、この象を見に動物園に行きます。

『單車失竊記』は、さながら自転車に乗って台湾の近代史を旅する作品と言えます。
私にとって小説を書くことは、自分が生まれ育った土地を改めて深く理解し、そして自分が生きたことのない時代を知ることができる、とても得難い体験なのです

『複眼人』では、原住民に象徴されるプリミティブな力から現代の台湾社会の在り方を風刺し、『歩道橋の魔術師』では、国民党政府によって建設され、台湾を構成する複数のエスニックグループが雑居する中華商場を描き、『單車失竊記』で、日本が大きく関わってきた台湾の近代史を遡る。呉さんの最新3作品に描かれたモチーフを俯瞰するだけでも、台湾という島に住む人々の多様さと、その歴史の複雑さが伝わってきます。

もう一人の作家、何致和さんは、中華商場から線路を超え、さらに西南に行った場所にある萬華で1967年に生まれ、少年時代をそこで過ごしました。『花街樹屋』(仮訳:マンゴー・ツリーハウス)は、その頃の萬華の子供たちを主人公にした小説です。

80年代の萬華には、有名な場所が3つありました。道教のお寺である龍山寺、ゲテモノ料理の屋台が並ぶ華西街、そしてかつての公娼街だった寶斗里です。
私が住んでいたのは寶斗里の少し南にあるスラム街でした。スラム街の家はすべて、寄せ集めの資材で違法に建てられた粗末なバラックで、屋根はプラスチックやトタンの板を載せた上に、重石として古タイヤや煉瓦を置いているだけのもの。雨漏りは当たり前、台風が来るとタイヤや煉瓦では間に合わず、屋根が風で飛ばされないように大人が屋根の上に覆いかぶさって押さえましたが、時にはその大人も屋根と一緒に吹き飛ばされていました(笑)。

『花街樹屋』では、萬華育ちの3人の少年たちが、見世物小屋で芸をさせられていたオランウータンを救い出し、動物園に連れて行こうとします。3人と1頭が無事に動物園にたどり着けたのか、それは小説の結末となりますので、ここではお話しません」

掃き溜めの街を出て、動物園を目指す3人の少年(と、1頭のオランウータン)。イメージするだけでわくわくします。既に英訳が刊行されているそうですが、近いうちに日本語でも読めるようになることを期待してやみません。

呉さんと何さんに共通するのは、都市が急速に近代化するのと引き換えに失われてしまった、自分の生まれ育った場(環境、街、建物)を、小説に書くことによって再現していることです。呉さんや何さんの作品は、彼らと同世代かそれより上の世代の共通の記憶を形のあるものにしただけでなく、かつてそのような“場”が存在した台北という街の魅力を、彼らより下の世代や、さらに未来の読者に気付かせる役割もあるようです。

「若い読者が、『歩道橋の魔術師』を読んだ感想として“昔の台北はこんな感じだったのですね”と言うのではなく、“今まで知らなかった新しい世界を発見しました”と言ってくれた時、この小説は成功したと思った」と、呉さんが言いました。

現在の台北は、すっかり小ぎれいで整った街となり、都市化や経済発展の度合いで言えば、東京とほとんど変わらない場所となりました。現在の姿だけを見ていると、東京と台北は、同時代に、同じような歩調で発展の過程を歩んできたかのような錯覚を覚える時もあります。しかし、こうして同時代の作家が書く作品の中で、80年代の台北の街、今は亡き建物や、以前とはたたずまいが大きく変わった路地、そしてそこで生活していた人々の喜怒哀楽を読むことで、当たり前ですが、台北と台北人は、ついこの30年の間も、私たちの住む東京とは全く違った時間を生きてきたということに改めて気づかされます。

呉さんや何さんの作品は、台湾の若い読者だけでなく、私たち――台湾が好きな日本の読者にも、「私の知らない台北」を発見する楽しさを与えてくれるのでした。

 

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三浦裕子(みうらゆうこ)

本好き。本の雑誌社での学生アルバイト後、小学館に入社。雑誌編集部を経て、2003年から国際版権業務部門にて台湾・香港市場を担当。以来1万点以上のコミック作品と、300点以上の書籍作品の中文版翻訳権を台湾と香港に“輸出”。

台湾の作家・哈日杏子さんのエッセイ日本版『哈日杏子のニッポン中毒』 (小学館)なども企画。

プライベートでも台湾・香港・中国をはじめとする中国語圏や、アジア各国の書店、出版事情を観察するのが趣味のひとつ。