6月27日(土)下北沢の本屋B&Bさんにて「建物が物語を生む 物語が記憶をつなぐ
をテーマに作家の呉明益さんと柴崎友香さんに対談頂いたイベントのレポートです。

イベント概要

歩道橋の魔術師』著者の呉明益さんと、芥川賞受賞作『春の庭』の台湾刊行を今夏に控えた柴崎友香さんのトークショーを聞いてきました。
場所は柴崎さんの『パノララ』の舞台となった下北沢。駅前の人混みを抜け、狭い階段を上がると、そう広くない会場は聴衆でぎっしりでした。定員30名と聞いていたのですが、なぜかその倍以上という盛況ぶり。
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建物や写真を題材にしているというお二人の共通点から、今回のテーマは「建物が物語を生む 物語が記憶をつなぐ」。時間と空間にまつわるお話が縦横無尽に展開していきます。

まずは柴崎さんから『歩道橋の魔術師』を読んだ印象が語られました。
「自分の記憶の中にある風景ととても似ているだけでなく、誰もの記憶にあるような感覚が閉じ込められている」。さらにガルシア・マルケスの言葉を引用し、「ローカルで個人的であるがゆえに、普遍的に通じる」面白さがある、と日本と台湾の類似性だけに着目しない作家としての見方が示され、「台湾好き」の聴衆はビールを片手に姿勢を正します。

続いてスクリーンに映し出された写真を見ながら、中華商場や呉さん家族のエピソードを聞いてゆくのですが、淡々と語られるストーリーの豊潤さ、奇想天外さには驚かされるばかりでした。

最初に紹介されたのは、呉さんのお父様の遺品から見つかった写真たち。2007年の長編小説『睡眠的航線(眠りの先を行く船)』(二魚文化)を執筆するきっかけとなったものです。50数枚の写真の中には、見知らぬ少年たちが日本の写真館や江ノ島で撮ったものが多くありました。実はお父様は戦時中、神奈川県の高座にあった戦闘機工場1で働いていたのです。写真を見るまで父が少年工であったことを知らなかった呉さんは来日し、当時の少年工たちが暮らしていた場所を歩き回ります。そして、「かつての人々が生きていた空間を歩くことは彼らが生きていた時間を歩くことでもある」と感じたとか。柴崎さんの『春の庭』でも同じ感覚が描かれていると語っていました。

そして『歩道橋の魔術師』の舞台となった中華商場の変遷が写真で映し出されていきます。
もともと線路沿いにあったスラムが、真っ白なコンクリートのビルに立て替えられて誕生した中華商場は、一躍台北中から人が押し寄せる繁華街となります。(「ぼく」と同じく、呉さんの家も靴店を営んでいました。)
シンプルなビルの上に派手なネオンが据え付けられ、道路を渡って商場に来る人たちのために歩道橋が建設され、そこに物売りが現れる。「この人混みの中で、5歳の僕も靴ひもを売っていた」と呉さん。
商店を営む人々にとって、中華商場は生活の場でもあり、そこには濃密な人間関係が築かれていきました。もとスラムだっただけに、外省人の老兵、原住民や客家などさまざまエスニックグループが混在しており、話す言葉も異なっていましたが、その違いを気にすることはなかったとか。むしろ当時の「中国大陸から来た“我々」という教育が現実とは乖離していることを実感していたといいます。

そして写真は切り替わり、80年代以降の古びた中華商場へ。周囲に新しいビルが建つにつれ、60年代から姿を変えない中華商場はさびれていきます。MRT(地下鉄)ができて線路が地下に潜り、線路沿いに建っていた中華商場は92年に解体されてただの道路となりました。

「中華商場は台北市の歴史の重要な一部分を体現していた。貧しい人々が中華商場に住み、30年たったら小金持ちになっていた。『歩道橋の魔術師』を書いたのは、失われた中華商場での生活を小説にして取り戻す過程だった」と呉さんは振り返ります。

時代の変遷を表す中華商場の写真をとても興味深く見たという柴崎さんは、「建物は時代時代に生きている人々の願望を体現している。中華商場には豊かになりたいというその時代の願望が反映されていて、それがさびれて取り壊されていく。その変化と人々の願望が、『歩道橋の魔術師』には面白い形で描かれていた」「願望や夢が反映された建物からは、人の内面がはみ出している。そこから人を想像するのが面白い」と語りました。

個人的に印象深かったのが、旧台北駅舎2の写真を見ながら語られた、自転車と台北駅にまつわるエピソードです。

呉さんのご両親の間には女の子が4人も産まれ、育てられないと考えたお父様は人に譲ってしまおうと、末娘を抱いて早朝の台北駅に向かいました。目覚めたお母様はそのもくろみに気づき、乗れなかったはずの自転車に乗って(火事場のクソ力!)駅に向かい、阻止したとか。

「子供のころ、台北駅に行くたびに母はその話をしたが、駅舎が建て替えられたとたんにしなくなった。あの建物の中で起こった物語だからこそ、話してくれたのだと思う」。まさに建物と記憶をつなぐ物語ですが、それを話す呉さんの、郷愁や悲哀を感じさせない淡々とした口調も印象的でした。

呉さんはさらに語ります。
「中華商場の商店の息子として濃密なコミュニティの中で学んだのは、心が純粋でも貧しい人はちゃんと嘘をつくのだということ」。
ベテラン作家・黄春明さんのお祖母様のエピソード(足を1~2本切り取ってから焼きイカを売るというしたたかさ!)や、サイズの合わない客にも靴を売りつけようとする呉さんのお母さんの武勇伝(中敷きを入れたり、サイズ表示を消したり……)には場内が沸きました。

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『歩道橋の魔術師』を翻訳した司会の天野さんから、お決まりの質問「魔術師は本当にいたのか?」が投げかけられましたが、呉さんの答えは「答えない」。「答えられない」でも「分からない」でもなく「答えない」。そして「本当なのか?と読者に聞かれるのはうれしい。小説の世界が成立しているということだから」と、黒い小人の秘密を、決して教えてくれない魔術師のように聴衆を煙に巻きます。

『歩道橋の魔術師』と同じく、現実と幻想がほんの少し混じり合った作品『パノララ』について、柴崎さんはこう語りました。「現実から切り離された別世界のファンタジーではなく、日常の中から少しずつずれていくような、読者の世界にも波紋が伝わるような、現実の世界を少し揺らすような小説を書こうと考えた」。

魔術師もこう言います。「わたしはただ、お前たちの見ている世界を、ちょっと揺らしているだけなんだ」……

トークが終わり、家路につくため下北沢駅に向かいました。ほろ酔いでもたどり着けるほど慣れたはずの下北沢駅南口ですが、改札へ向かういつもの階段が見当たりません。そうか、この線路も2年前に地下に潜り、市場が取り壊しになったんだっけ。
「ときに、死ぬまで覚えていることは、目で見たことじゃないからだよ」という魔術師の声が聞こえたような気がしました。

 
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執筆者プロフィール
神部明世(じんぶあきよ)
映像翻訳者。テレビディレクターを経て、2008年より中国語圏のドラマ・映画の 翻訳に携わる。翻訳作品はドラマ「ブラック&ホワイト(痞子英雄)」「僕の sweet devil(海派甜心)」「Love Cheque~恋の小切手(幸福兌換券)」、映画 「サイレント・ウォー(聴風者)」「一分間だけ(只要一分鐘)」など。

  1. 高座海軍工廠。「雷電」をはじめとする海軍の戦闘機を生産しており、台湾から動員された12歳から19歳の少年約8千人が働いていた。 []
  2. 1941年から1986年ごろまで使われた3代目の駅舎。1989年の新駅舎完成にともない取り壊された。 []