作家は孤独な職業か

「この樹とその樹の違いを見極めること、それが作家になるということだ」
トークの冒頭、呉明益さんは、とあるフランス人作家の言葉を引いてこう言いました。1000にものぼる店が軒を連ね、多種多様な文化が混在する中華商場の人いきれの中で育った呉さんは、続けて幼少期の記憶から、ひとりの男について語り出しました。
中華商場のアーケードをねぐらにしていたホームレス。彼は中国大陸から台湾へ渡ってきた300万人の外省人老兵のひとりでした。商場に停められたバイクのハンドルに勝手に札をかけ、「管理費」と称して幾ばくかの金を巻きあげていた男は、会えばちょっかいを出してくるので、子どもたちには少々こわい存在でした。
ところがある晩、呉少年が共同トイレの個室に駆けこんで用を足していると、扉のむこうから男の泣く声が聞こえてきたのです。誰もいないと思ったのでしょう。周囲をはばかることのない泣き声から、男の寂しさが手に取るように伝わり、その瞬間、彼は300万人の中から際立った存在になった、と呉さんは教えてくれました。

歩道橋の魔術師』を読んだ方なら、思い当たるところがあるでしょう。そう、この老兵こそがラオリーなのです。中華商場を舞台に織られた色彩豊かな、そして時に鮮烈な人間模様を目の当たりにしてきたことが、呉少年を作家の道へ歩ませたと言えるのかもしれません。

大学で教鞭もとる呉さん。授業ではまず、主人公にどのような商売をさせれば面白い物語が書けるかを、学生に考えさせているのだそうです。それは、小説を書くことは生活に根ざしたことだからだと、呉さんは言います。呉さん自身、商売人の子どもとして育ち、学校で教わる道徳とはまるで違う、生き抜くための知恵を母から叩きこまれてきました。DSC_2184
商売人といえば、実は今回のトークイベントのゲストの窪美澄さんは酒屋の子ども、さらに司会と通訳を務める天野健太郎さんは花屋の子どもという、不思議な縁も明かされました。

さてその窪さんは、小説を書き始める時、主人公がどこに住んでいるか、そして何を食べるかをまず考えると言います。しかし、台湾の小説にはものを食べるシーンがあまり出てこない。現代の日本の小説、特に女性作家の作品には、必ずと言っていいほど食事風景が登場するのに、なぜ台湾の作家は食を書かないのか、という質問が窪さんから投げかけられました。
マイクを渡されたのは、何致和さん。たしかに食を描くことには関心を払ってこなかったと言います。それは台湾人にとって、食べることがあまりにも自然な行為であるからかもしれない、というのが何さんの答えでした。
呉さんも、幼少期の食事は本当に適当なものだったと続けました。なにしろ中華商場の住居には台所がなく、料理は廊下に出したガスコンロでちゃっちゃと済ませる。ご近所同士、調味料の貸し借りは日常茶飯事。年越しに食べるご馳走「年夜飯」も、店を開けたまま食べるというせわしなさだったそうです。
食事シーンといえば、何さんは映画監督のアン・リーを、呉さんはホウ・シャオシェンをそれぞれ思い浮かべたご様子。特にホウ監督は、食べ始めから終わりまで延々カメラをまわし続けます。今でこそ生活を描くための大事なシーンだとわかるけれど、若い頃は、こんなに長いシーンいらないだろうと思ったと、呉さんは笑いながら打ち明けてくれました。

もうひとつ、台湾の小説にあまり登場しないものがあります。それは、性描写。書くのに大変高度な技術を要する上、失敗すればありがちなものになってしまう。だから行為最中の描写はすっ飛ばし、ベッドで男が煙草を吸うシーンにつないでしまうほうが楽なのだと、冗談混じりに話す何さん。実は書こうと挑戦したことはあるものの、その原稿はいまだ日の目を見ていないそうです。
呉さんからは、性描写の少なさは、台湾の歴史に関係があるとの指摘がありました。戒厳令が敷かれていた時代は、検閲があり、共産主義は紅(赤)色、政府・社会にとってネガティブなものは灰色、性的なものは黄色として厳しく禁じられていました。1987年に戒厳令が解かれて以降、まず女性作家が古い道徳観への挑戦として、性を描きはじめます。それが李昂による『夫殺し』であり、朱天文による同性愛文学でありました。
「女による女のためのR18文学賞」でデビューを果たした窪さんは、日本もかつては男性が描く紋切型の性描写しかなかったと言います。現に瀬戸内晴美が『花芯』を発表した当時は、女が性を書くなんて、と大変なバッシングを受けました。そうした価値観への挑戦として「R18文学賞」が生まれたのだとすれば、性描写をめぐる状況は、女性が牽引しているという点で台湾と少し似ているのかもしれません。
では、純粋に性的興奮を得るためのエロ小説はないのか、という大変きわどい質問が天野さんより出されました。台湾の新刊書店では見かけないその手の本、実は、あるところにはあるとの話。武侠小説の体をとりつつも中身は官能小説というものが、検閲をかいくぐって密かに流通していたのです。のちに武侠小説自体が禁じられるようになってしまいましたが、今でも貸本屋へ行けば借りられるそうです。この話を聞いて、次回の台湾訪問リストに貸本屋を加えた人も多かったのではないでしょうか。

続いて、最も生々しいおカネについての話が出ました。日本の作家は、文芸誌への掲載料、出版、重版、文庫化の印税といった収入があるので、真面目にこつこつ書いていけばなんとか生活できる程度の額にはなる、と窪さん。対して台湾の作家は、そもそも市場が小さいので、書くことだけで生計を立てるのはなかなか難しいと言います。ゆえに呉さん、何さんのように、大学教員など別の職業と兼業の作家が多いのだとか。それでも台所が苦しかった何さんは、創作のために家を抵当に入れたことがあると明かしました。

そんな何さん、とある香港映画の中で、道教の師が、道を究めたいなら今後の人生をここから選べ、と弟子に提示した3つの選択肢を、つい自分の人生に重ね合わせてしまったと言います。それは、貧乏、孤独、夭折という、どれをとっても辛いもの。しかし、もし作家道を究めるためにそのどれかを引き受けねばならないのだとすれば、よし、自分は貧乏を選ぶ、と心に決めたそうです。だから貧乏ではあるけれど孤独ではない、と笑います。
DSC_2039窪さんも、もし作家にならなかったら、このイベントに出ることもなかったし、台湾と縁ができることもなかった。ゆえに作家という職業は孤独なものではない、と言います。
最後に話を引き取った呉さんは、ひとつの作品を生み出すにあたり、もとの自分から離れて、他人の生活や職業を体験し、さらにその心を理解することができる。また、作品を通して、他人の痛みや悲しみを和らげることだってできる。だから作家は決して孤独ではない、と力強くトークを締めくくりました。

 

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執筆者プロフィール
中村加代子(なかむらかよこ)
不忍ブックストリート実行委員。
台湾人の母と、台湾人と日本人の間に生まれた父を持つ。
現在WEBサイト「trixistexts」に掌編小説を連載中。
http://trixistexts.tumblr.com/