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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は「台湾語文学」についてご紹介します。

台湾語文学

文=赤松美和子

これまで「ハイブリッド台湾文学」では、中国語と日本語で書かれた「台湾文学」についてお話してきました。今回は、「台湾語」で書かれた「台湾語文学」に注目してみましょう1

台湾語とは
台湾に行ったことがある方なら、MRTの車内放送が、中国語、台湾語、客家語、英語の4つの言語で流れることに驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。今回は、まず、「台湾語」とは何かというお話をいたしましょう。

「台湾語」は、漢語の七大方言のうちの「閩〔ビン〕語」と呼ばれる一大支系の分支です。「閩」とは福建省の古名で、福建省を中心に分布する言語を「閩語」と呼び、福建省の南部を中心に使われた言語を「閩南〔ビンナン〕語」と称したそうです。明末以降、閩南の中心であった厦門は、鄭成功(1624-62)の反清の拠点でもあり、清代は台湾への渡航港としても機能しました2

オランダが1624年に台湾を領有し、台湾で農耕に従事する漢人を募ったことで台湾の漢人は急増します。1661年に鄭成功はオランダを追放し、鄭氏政権(1662‐83)が台湾における最初の漢人政権となります。その後も漢人は増え続け、1906年の漢人の人口は約290万人だったそうです3。こうして日本統治期以前に台湾に渡航した多くの漢人たちの母語は、「台湾語(閩南語)」でした。

「台湾語」には、「台湾語」以外にも「福佬(河洛)〔ホーロー〕語」、「閩南〔ビンナン〕語」など幾つかの呼び方があります。例えば、「福佬語」という呼び方は、客家語との区別から生まれたものだと言われています。日本統治期には、「台湾語〔たいわんご〕」と呼ばれ、戦後、国民党政権には「閩南語」、「方言」と呼ばれましたが、「台湾語」を話す人たちは自らの言語を「台湾話〔タイワンウェイ〕」或いは「台語〔タイギー〕」と称してきました。

なお、「台湾華語」というのは、台湾式の中国語(北京語)のことで、台湾語のことではありませんよ。

台湾語文学の誕生1―1930年代
では、台湾語文学とはどのような文学でしょうか。台湾語文学とは、文字通り「台湾語」により創作された文学のことですが、台湾語文学と言っても、文字言語使用の有無によってその範疇は大きく変わります。例えば、文字言語使用以前に台湾語で創作されたものを含めると、「南管」と呼ばれる伝統音楽、「歌仔戯〔コアヒ〕(台湾オペラ)」、「布袋戯〔ポテヒ〕(人形劇)」、民謡、童謡など100年以上の歴史を有する台湾語文学が数多くあります。

今度は、文字言語を使った台湾語文学についてみていきましょう。実は、台湾語文学の誕生にとって重要な時期は二つあります。1930年代と70年代です。

まず、1930年代に遡って台湾語文学の誕生を辿ってみましょう。20世紀初頭、日本や中国に留学した台湾人たちは、文学の言語やあり方についても影響を受けます。例えば、従来の文語(書き言葉)ではなく口語(話し言葉)で文学を書くことも提唱した中国の五・四新文化運動の影響により、台湾でも口語文で書こうとする新文学運動が起こります。口語文で書かれた中国文学も台湾に紹介され、最終的に、新文学勢力は旧文学勢力を圧します。

しかし、今度は、張我軍〔ちょうがぐん〕(1902‐55)のように中国文学の一部として中国語での口語文を推進する陣営と、黄石輝〔こうせきき〕(1900‐45)のように自分たち郷土の言語である「台湾語」の口語で文学を著わそうとする陣営との二手に分かれ激しい論争が起こります。こうした論争は郷土文学論争(1930-32)と呼ばれました4

施淑編『賴和小説集』(洪範書店、1994年)

施淑編『賴和小説集』(洪範書店、1994年)

今度は、創作に目を向けてみましょう。最初に台湾語で創作しようと実践したのが台湾新文学の父とも言われる頼和〔らいわ〕(1894-1943)です。頼和は、台湾語の口語文での創作を試みました。その方法は、「まず全て文語で書き、それから文語の原稿を口語文(中国語の口語文)に直し、さらに台湾語の口語に近い漢字に書き改める
5という方法だったと言われています。

しかし、1937年の日中戦争開戦後、台湾総督府は漢文の使用を全面禁止します6。残念ながら、台湾語文学が成熟する機会は奪われてしまったのです。
(続きます!)

 

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10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 本稿は、呂美親「台語文學:用父母話寫的台灣文學」(廖瑞銘編『愛.疼.惜-2008台語文學展專輯』(台湾:国立台湾文学館、2008)、村上嘉英「台湾語文学とその表記」(『中国文化研究』 (23)、2007年)林央敏著、樋口靖訳『台湾語文学運動史論』(『文学部紀要』12(2)(文教大学、1999年)、松永正義「台湾の日本語文学と台湾語文学」(『一橋論叢』119(3)、1998年)、林央敏『台湾文學運動史論』(台湾:前衛出版社、1996年)を参照しています。 []
  2. 樋口靖『台湾語会話〔第二版〕』(東方書店、1992年)2-4頁参照。 []
  3. 周婉窈著、濱島敦俊監訳、石川豪・中西美貴訳『図説、台湾の歴史』(平凡社、2007)63-64頁参照。 []
  4. 郷土文学論争(1930‐32)については、松永正義「郷土文学論争(1930~32)について」(『一橋論叢』101(3)、1989年)に詳しい。 []
  5. 王詩琅「賴懶雲論」(林央敏『台湾文学運動史論』(前掲)19頁引用)。 []
  6. 実際には、『風月報』など一部の漢文による文芸誌は発刊され続けたそうです。 []