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一国家一言語一文学という近代文学の常識を鮮やかに覆し、
漢文、中国語、日本語、台湾語など多様な言語からなる台湾文学。
この多元性、ハイブリッド性こそが台湾文学のいちばんの特徴です。
今月は「台湾語文学」についてご紹介します。

台湾語文学

文=赤松美和子

台湾語文学の誕生2―1970年代
日本が敗戦し引き揚げたものの、戦後は中国国民党が新しい統治者として台湾にやってきて、台湾の「国語」は中国語(北京語)となります。台湾語は、「閩南語」、「方言」と呼ばれ、私的な日常生活の話し言葉としては使用され続けたものの、文学表現の言語としては、またしても表舞台に出る機会を阻まれてしまいました。

林宗源と筆者(2006年8月、塩分地帯文学キャンプ)

林宗源と筆者(2006年8月、塩分地帯文学キャンプ)

70年代になり、ようやく台湾語による台湾文学が誕生します。最初に台湾語で思考し台湾語での創作に取り組んだのは林宗源〔りんそうげん〕(1935-)です。林宗源は、60年代より台湾語的な中国語詩を創作し、70年代になってようやく台湾語でなければ読み通すことのできない台湾語の詩を完成させます。

台湾語文学は、詩の分野が最も進んでおり、台湾の土着の詩人たちが創刊した『笠』(1964‐)という詩の雑誌には台湾語で書かれた詩も発表されました。現在は、『海翁台語文学』(編集長:黄勁連)などの台湾語文学雑誌も刊行されています。ちなみに、現在、台南の国家台湾文学館では、詩誌『笠』創刊50周年記念企画展「笠之風華―創社50周年『笠』特展」(2015年7月8日‐8月23日)が開かれていますので、夏休みにぜひお出かけください。

70年代後半には、向陽〔こうよう〕(1955‐)など中国語の詩に加え台湾語の詩を創作する戦後生まれの詩人も現れます。中国語を用いた文学においても、文学のあり方を巡って郷土文学論争(1977‐78)が起こり1、台湾の生活の現実を描写した土着の文学が求められ、多くの作品が発表されていきます。台湾意識の象徴でもある台湾語を使った文学も一部の作家たちにより追求され続け、台湾語で書かれた詩も、70年代の「方言詩」という扱いから80年代は「台語詩(台湾語詩)」へと呼び名が改められていきました。

話し言葉として生き続けてきた台湾語は、1987年の戒厳令解除以降は、公的な場でも使用が認められ発展し続けます。しかし、書き言葉としての伝統をほとんど持たないため、表記はなかなか確立されず各種表記が乱立するなど紆余曲折を経て、現在に到ります。

台湾語文学の表記
最後に台湾語文学の表記についてお話いたしましょう。台湾語の表記には、ローマ字と漢字の二通りの表記があります。

20150818-19_column_hybrid-2まず、ローマ字表記についてですが、これは、清国時代、キリスト教の宣教師が台湾語の学習と聖書の翻訳など伝道のために考案したものなので、教会ローマ字とも言われています。例えば、筆者が台湾語を勉強して初めて読んだ台湾語文学の小説『可愛ê仇人』(1960)(写真参照)は、頼仁声〔らいじんせい〕牧師の作品ですので、下記のようにすべて教会ローマ字によるものでした。

 
 
 

Khó-ài ê Siû-jîn
1. Khâm-khia
t Ê Lō͘-thêng

Lân-hiong thàu-chá khí-lâi ta
k hāng khóan hó-sè, chiū chiàu-siông khì chhut-khîn.

けれども、ローマ字表記には、漢字に慣れた人々にとって読み辛いという問題がありました。その読み辛さ故か、ローマ字表記の台湾語は、戦後に国民党により台湾語が禁止された後も、台湾語だと気付かれることなく、70年代初期まで教会関係の刊行物などにおいて使用され続けていたそうです。
宋澤萊〔そうたくらい〕(1952‐)などによって、漢字のみによる表記も試みられました。しかし、作者により漢字の選択にばらつきがあったり、注を付すなどして説明を加える必要が生じたり、またどうしても漢字では表記できない言葉もありました。現在は、漢字とローマ字の混在表記が一般的なようです。
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それでは最近の台湾語文学作品をみてみましょう。下記は、呂美親〔リー・ビーチン〕の台湾語詩集『落雨彼日』に所収されている「虹」2という作品の一部です。漢字で表すことのできない格助詞「の」を「ê」、「のために」を「kap」とローマ字で表記しています。台湾語文学は漢字とローマ字により織り成されているのです。

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台湾語文学は、政治的な要因や、中国語の普及と定着、あるいは表記の問題によって、順調に発展を遂げてきたとは言い難い部分もあります。

しかし、苦しみ辿り着いた漢字とローマ字の混用表記は、客家語文学や原住民の文学を著わす際にも応用が可能であり、台湾文学の表現により豊かな可能性をもたらしているといえるでしょう。

コラム「ハイブリッド台湾文学」は今回が最終回です。読んでくださったみなさま、ありがとうございました。引き続き台湾文学をどうぞよろしくお願いいたします。

 

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10250674_794106527269313_1092258525_n赤松美和子(あかまつみわこ)
大妻女子大学比較文化学部准教授。
博士(人文科学)。1977年、兵庫県生まれ。
2008年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。専門は台湾文学。
著書に『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)がある。

  1. 郷土文学論争(1977‐78)については、許菁娟「台湾における郷土文学論争(一九七七 – 七八年)に関する考察」(『一橋論叢』135(3)、2006年)に詳しい。 []
  2. 台湾語詩集『落雨彼日』(台湾:前衛出版、2014年)52頁。 []