龍應台『父を見送る 家族、人生、台湾』(原題「目送」)
(9月9日刊行予定)

『台湾海峡一九四九』の感動をもう一度 龍應台がおくる、珠玉のエッセイ集
台湾人の家族愛と台湾社会のリアルと台湾文学の美しさがぎゅっとつまった74篇

父を見送る帯付き 判型・ページ数 4-6・304ページ  定価 本体2,400円+税
ジャンル エッセイ、台湾文学、時事、介護、教育、人生、東アジア

http://www.hakusuisha.co.jp/book/b208607.html
http://www.amazon.co.jp/dp/4560084602/

息子のひとり立ち、母の老い、父との別れ……
悲しみは不意打ちのように、日常のふとした一瞬に姿を現す。台湾のベストセラー作家が綴る、やさしさと情愛に満ちた家族の物語。

概要
デビュー以来、鋭利な筆致で話題作を書き続ける台湾のベストセラー作家・龍應台が綴る、やさしさと情愛にあふれた家族の物語。母の老い、息子たちの巣立ち、そして父との別れ――「わたし」はそれをただ見送り、見守ることしかできない。
本書は、著者が香港の大学で教鞭をとっていた時期に台湾紙・香港紙に連載され、中国語圏で人気を博した59篇(Ⅰ「家族を見つめる」、Ⅱ「香港から見た風景」)と、台北市文化局長時代に見守った父の晩年を描いた15篇(Ⅲ「父を見送る」)からなる。中国古典文学への深い造詣に裏打ちされた端正な文体と熟練された「語り」のテクニックで、ときにセンチメンタルに、ときにユーモアたっぷりに家族と人生を語る、珠玉のエッセイ集。
musong執筆に講義に公務に、台湾と香港を飛び回る多忙な日々のなかから核心的な価値をさりげなく取り出し、独特な切り口で思索を加える――老いとは? 幸せとは? 国とは? 時間とは? そこには磨き抜かれた知性と台湾人特有の歴史観があり、欧米社会・台湾社会への批評性がキラリと光る。中国語圏で今でも売れ続けている大ベストセラー。『台湾海峡一九四九』に続く邦訳第二弾!
 

 

目次
花を見るとき――序のかわりに

I ときに人生はさ、ひとりで歩かなきゃならないから――家族を見つめる
見送る 「娘によく似てる」 十七歳 永遠の愛
山道をどこまでも 寂しさ 信じる(信じない) 1964
だんだんわかった 鈍さ ともに老いる もしも父と
転んだあと――Kへの手紙 気にかける マニキュア
「家って何ですか?」 母と散歩に 教育 入会
家に帰ろう 五百キロ 離婚する(離婚しない) 母の日のプレゼント
お金の通帳、時間の通帳 幸せとは? 最後のアフタヌーンティー

(「娘によく似てる」本文より)
空が白んできたころ、母がトコトコ歩いてきて、音もなく私の隣に腰かける。(略)しばらくして、静かに言う。「あんた、うちの娘によく似てる」
私は顔をあげた。薄く、白くなった母の髪を撫でながら言う。「母さん、私が、その娘よ。正真正銘の」
ぎょっとして私を見る母。びっくりして、でもうれしそうに、「そうだよねぇ。じっと見たら、似てるって思った。まさか本当にそうだなんて。おかしいね。昨日も誰かが床に入ってきて、やさしくしてくれた。『あんたの娘よ』って言ってた。おかしいね」

II 砂に跡あり、風に音あり、光に影あり――香港から見た風景
忙しい 鳥の名前 おらが村 「教わらなかった?」
火災報知機 薄扶林〔ポクフラム〕の三百五十年 増えたサルたち
新しいニュース 杜甫 ダンスホール この路地で
台北の夜に集いし者たち 金門島 地雷を見つける草
普通の人が ソウルでも 香港人の「国」 ソフィスティケーション
ムンバイの白い布 星月夜 カフカが大嫌い 私の前立腺
長江の化け物たち オオカミが来た ゲーリングの招待状
蔚藍〔うつらん〕の空 タンポポの根 訳あり物件
タイの時間 ラオスの距離 ルアンパバーンでフレンチを ハスの花の国
ゆっくり見る

(「金門島」本文より)
傷は痛すぎて、触れることすらできない。傷は深すぎて、慰めることすらできない。傷はむごすぎて、ときに、それを見つめることすらできない。
(略)金門島の美しさは――どこをどう見ようと、必ず――無言の傷が混じっている。打ち捨てられた洋館が立ち並び、屋根は崩れ、庭は荒れ果て、ただそこにすくっとブンタンの木が伸び、花の香りをたっぷり揺らしている。もし瓦を踏みしめて客間に入れば、崩れた壁に埋もれた家族写真が目に入るだろう。雨が染み、色は褪せ、輪郭も消え、写真の命は失われている。のら猫が音もなく壁際を歩いていく。日が西に傾いてきた。

III 故郷に咲き乱れるお茶の花――父を見送る
いつもと同じ夢 武器を置く 議場へ いつまでも女
入れ歯 同窓会 湖南訛り ママ 歩こう
目を開く プルメリア 見つめる 携帯を切る
一九一八年、冬 魂が帰る

(「湖南訛り」本文より)
海外育ちの孫ふたりに、おじいちゃんの相手をさせる。少しでも仲良くなってもらおうという魂胆なのだが、兄も弟も非積極的だ。「だって、話題がないんだもん。おじいちゃんもあんまり話さないし」。そうね。たしかに、いつのころからか、おじいちゃんは歩く速度が遅くなり、背筋が曲がって、口数も少なくなった。ソファーに腰かけている姿は、もはや壁や家具と同化してしまったかのよう。いつからだろう? 父がしゃべらなくなって、いったいどれくらい経つのだろう? もうずいぶんになるはずだが、おかしい。ずっと気づかなかった。
(略)「父さん、子供たちに唐詩を教えあげてよ」 自分の声の大きさに、びっくりした。しばらく気まずい沈黙が続いたあと、おもむろに父が言った。「よし。じゃあ、まず、『白日山に依って尽き』〔「鸛雀楼に登る」王之渙〕から教えてやろう」

訳者あとがき