column_top_taiwan

「すきまから吹く風」

『南風』鐘聖雄、許震唐著(衛城出版、2013年)

 文=天野健太郎

台湾のある出版関連イベントで聞いた編集者の話が印象的だった。
台湾出版界の特有の問題として、欧米の翻訳と日本の翻訳だけで、市場のかなりの部分が奪われている点がある(文芸、ノンフィクション、マンガだけでなく、実用書まで翻訳でカバーされている)。ならば、と彼女は言った。我々は編集者として、海外の書籍が書いてないすきまを見つけ、なおかつ、この島の読者が必要とする本を作らなければならない。それは諦めというより、自らの企画力と編集力を試す大きなチャンスなのだ、と。
昨今の台湾出版業界では、数人の編集者で小出版社を立ち上げて企画編集し、大きなゆるやかな出版グループの傘下で刊行販売する(作品の方向性は各自に委ねられるが、同時に結果は求められる)、グループ化の傾向がある。そんななか、彼女は衛城出版という小出版社を立ち上げ、台湾という土地に根ざした作品を少しずつだが世に問うている。例えば『百年追求――台湾民主運動的故事』(2013年)は、タイトルの通り、台湾人の民主運動を国民党統治下の戦後だけでなく、日本統治下の戦前までさかのぼり、100年の歴史をつないで描いている。一見、地味なテーマだが(しかも上中下三冊だが)、新しい切り口と平易な語り口で、高い作品評価を得、売れ行きもかなりいいようだ。

booksouthwindそんな彼女による、台湾の母なる河・濁水渓を描いた作品がある。写真・ノンフィクション『南風』(鐘聖雄、許震唐著、2013年)である。濁水渓とは台湾の真ん中を、海峡側からさっくり切り込むように流れる台湾最大の河川で、かつては、この川があれば食うには困らぬ、と言われた豊かな土地であった。ところが「開発」という名のもと、濁水渓河口(南岸・雲林県側)にある「六輕(ナフサ分解工場)」が建設されてからすべてが変わった。それ以降、西瓜は花をつけても実らず、入れ食いだった魚も取れなくなった。周辺住民にがんなどの健康被害が出ているほか、1998年の運用後は事故が頻発し、メディアや環境団体から厳しい非難の声が上がっている。
写真はすべてモノクロで、まず空撮から始まる。農地から海へグレーのグラデーションが美しい典型的な台湾の海岸に、真っ白なコンビナート群が文字通り“不自然”に広がっている。その先は地元民にフォーカスをあて、病に苦しみながら生活する姿を描いていく。病気で亡くなった地元民の庭で、実っては朽ちていくヘチマが印象的だった。

一方で、今日本でも話題の、トマ・ピケティ『21世紀の資本論』の繁体字中国語版を出したのも彼女である。しかも、台湾でもっとも権威と影響力のある開巻十大好書(年間ベストテン)にも選ばれた。すきまから吹く熱い風はまだまだ途切れそうもない。

 

コラム「臺灣~繁体字の寶島」のその他の記事
全記事のリストはこちら

プロフィール

天野健太郎(あまの けんたろう)
1971
年、愛知県生まれ三河人。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院へ留学。帰国後は中国語翻訳、会議通訳者。聞文堂LLC代表(ツイッターアカウント「 @taiwan_about 」)。台湾書籍を日本語で紹介するサイト「もっと台湾(http://www.motto-taiwan.com )」主宰。訳書に『台湾海峡一九四九』龍應台著(白水社)、『交換日記』張妙如、徐玫怡著(東洋出版)、『猫楽園』 猫夫人著(イースト・プレス)。『日本統治時代の台湾』陳柔縉著(PHP研究所)。俳人。