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文=志村宏忠

DSC_2019小説家の乃南アサさんが9月に台湾を訪れ、台湾人作家の張國立〔ちょうこくりゅう〕氏とトークイベントに参加した。ミステリー作家として多くの作品を発表している乃南さんだが、台湾では自著の中国語版はまだ発売されていない。しかし、2011年3月の東日本大震災の際に台湾から巨額の義捐金が贈られたことを機に台湾への関心を深め、エッセイ『美麗島紀行』を集英社のPR誌「青春と読書」に連載した。この2年間の訪台回数は30数回に上るという。今回は「一個人の視点から歴史を読み解く」とのテーマで、2人の作家が語った。

まず、今年60歳を迎えた張さんが「私は乃南さんよりも5歳年上なので「白髪が目立つ
と言って観客を笑わせた。その後、乃南さんの経歴を台湾人の観客向けに詳しく紹介した上で、『美麗島紀行』の執筆に至る経緯を直接尋ねた。

乃南さんは、東日本大震災直後に、なぜ台湾人が日本を心配し、一生懸命募金したのか大半の日本人には分からなかっただろうと振り返った。若い日本人が台湾に対して持つイメージは、小籠包、夜市、足裏マッサージ、いまでも日本語が堪能で親切な高齢者たちがいる、といった程度ではないかとも言う。

そして、『美麗島紀行』の連載を始めようとした当時の思いを、こう語った。

「台湾を訪れると『日本みたい!』と言う人も多いですが、その本当の理由(=日本が台湾50年間統治していたこと)を知らない人があまりにも多い。それで、良かったことも悪かったことも含めて過去のことをきちんと書くべきだと思ったのです」

DSC_2016一方の張さんは両親が中国・南京郊外出身で、国共内戦後に台北で生まれた外省人二世である。輔仁大学で日本文学を専攻した。多言語に精通し、小説以外にも元ニュースキャスターの妻との共著による世界各地の旅のエッセイを多数出版している。

張さんは現在、父をモデルにした小説を執筆中だ。父は自身を含めた張家の5世代でただ一人、大学に通える学力があったので、張さんの祖父母から「宝児子(バオアーズ)」と呼ばれて溺愛されていた。父が育ったのは日中戦争期間中の南京だったので、祖父は息子を守るため、地下の倉庫に7年間隠していたという。父親はその間、海外の推理小説をよく読んでいたそうだ。

続いて張さんは、連載のために台湾を何度も訪れた乃南さんに、台湾に対する見方を尋ねた。

建物の屋根を見るのが好きだという乃南さんは、台湾で見た日本時代の家屋を通じて得た感慨を、こう述べた。

「そこは日本の街並みと変わらず、歩いてみると、日本人の普通の生活の音―野菜を切る音やお風呂に入る音、子供の声―が、いまもそのまま聞こえてくるような気がする場所でした」

「そこ」は台南の新光三越百貨店の近くで、後に地元の人に聞くと日本時代に刑務所があった。周辺は刑務所で働く職員など日本人が住む一角だったのである。

第二次世界大戦が終わって70年が過ぎたいまでも、台湾にはこうした“かつての日本の姿”を残した場所があると乃南さんは言う。もちろん、時間の経過とともに老朽化や腐食が進んでいる。

「本当ならば自分たち(の祖先)が残したものとして、日本人が保存や新しい活用方法を考えるべきではないか。国と国としてはできないので、どうしても民間でということになる。何らかの形で保存のための運動や活動ができないかなと、こっそり考えているところです」

張さんは子供のころ、こんな記憶がある。台北市民生北路にあった百貨店の近くに住んでいた。百貨店の裏には中国風の廟のようなものがあり、そこで遊んだり、昼寝したりしていた。実は、そこは廟ではなく、日本時代に立てられた神社だったことを張さんは大人になってから知った。

ところで、張さんによれば、文化とは単層で出来上がっているのではない。文化と文字はとどまることなく、歴史と人々の感情が一歩一歩積み重なってできているのだそうだ。

その一例として、台湾における英語の「パーセンテージ」の言い方の変化を挙げた。張さんが中学生のころ、英語の先生は(日本式に近い)「パーセント」と言っていたが、その後、短くなって「パーセン」、いまでは「パー」と略されている。もしアメリカ人に対して「パー」と言っても、「パーセンテージ」の意味だと分かる人はいないだろう。また、日本人に聞いてみても同じだろう。いま、台湾人が使っている中国語は最も複雑ではないか、と張さんは言う。

「台湾人は中国大陸に行くと、何を話しているか悟られないように台湾語でしゃべる。そんなことはしなくてもいい。(討論番組やニュース番組で)評論家が『パー』と言ったって中国人は意味が分からない」

DSC_2000ここで再び、乃南さんにマイクが渡された。乃南さんによれば、小説とは、小さな本当の事を一つひとつ積み上げて作ってゆく大きなうそ(=フィクション)なのだそうだ。『流』で第153回直木賞を受賞した作家の東山彰良さんは台湾生まれで、中国人である祖父と父を主人公のモデルとした。

乃南さん自身は、台湾を舞台とした小説を上梓したことはまだないが、次のような書き方ができるのではと話した。

「日本人の私が台湾人や原住民のふりをして書くのは、それ自体が“うそ”なので無理でしょう。代りに、日本人として台湾人や原住民と関わる。その出会いの中で生まれた事実を積み上げて大きなうそをつくことはできるはずです」

『美麗島紀行』の執筆を終えたいま、乃南さんは引き続き台湾を紹介する連載に取り組んでいる。日本による50年間の統治時代を年表形式で物語風にまとめ、日本時代の歴史が分かるような内容だそうだ。国立台湾歴史博物館(台南市)の協力を得て、多数の写真や図版を使って目で楽しめるようになっているという。

「おそらく、それが1冊の本になったときに、字を読むのがまだ難しいお子さんでも楽しめるようなものになると思います」

DSC_2036なお、乃南さんは『美麗島紀行』を日本で、張さんも新しい作品を台湾で、それぞれ11月に刊行する予定だ。

 

 

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