イベント概要

 

DSC_23202015年9月19日(土)、台北の誠品書店松菸店にて「文学──あなたの生活から始めよう」と題したトークイベントが開催されました。日本から参加したのは、昨年小説『春の庭』で芥川賞を受賞した小説家の柴崎友香さん。台湾からは雑誌「聯合文學」の編集長で、小説家としても活動する王聰威〔おうそうい〕さんが登壇。柴崎さんの受賞作『春の庭』について語り合いました。
編集者として国籍を問わず数多くの文学作品に触れてきた王さんは、『春の庭』を隅々まで熟読。細かいところまで作品を読み込んだ王さんが、柴崎さんに疑問を投げかけたり、気になったポイントを挙げる形での対談となりました。

DSC_2242まず切り出したのは王さん。柴崎さんの『春の庭』について、2014年の芥川賞受賞作であることを紹介し、その作風に一種の驚きを感じたことを率直に話しました。
「台湾にはこういうタイプの作品があまりないので、読者のみなさんは最初あまり理解できないかもしれません。話自体はとても簡潔で、大きな困難や問題が起こるわけでもない。でも読み進めていくうちに、物語の中にたくさんの細かい描写があり、噛めば噛むほど味わいが出てくることがわかります。また空間の中に流れる時間の描き方がすばらしい。ぜひじっくり味わってほしいと思います」
『春の庭』の魅力を語った上で、まずは柴崎さんという作家を探るべく、どのような幼少時代を過ごしたのかたずねます。これに対して柴崎さんが幼少期を過ごした大阪について語ると、「東京に引っ越したことは作風に影響を及ぼしましたか?」と畳み掛ける王さん。柴崎さん曰く、東京移住の影響は小さくなかったそうです。「同じ日本語でもコミュニケーションの取り方が違うし、小説にも影響があったと思います。『春の庭』は東京で近所を歩いているときに想像したことを書いたもの。東京での不自由さ、ぎこちなさゆえに書きたいと思った作品です」。

DSC_2262王さんは芥川賞作品が好きで、他の作品も読んでいるそうですが、鹿島田真希さんの『冥土めぐり』や朝吹真理子さんの『きことわ』の翻訳作品を読んで、日常生活と過去や夢を行き来するような描写など、日本の女性作家の作風に多くの共通点を感じるそうです。大きくうなずきながら聞いていた柴崎さんは、「日本の女性は、普段生活している中で、言葉にならないような違和感を感じているのではないか」と切り出します。現代を生きる日本の女性は、自分はいったいなんなんだろうという疑問や、人との関係性の不安定さというものを強く感じることが多く、それが女性作家の作品にも表れていると言います。トークを聞いているうちに、「不自由さ」「ぎこちなさ」「違和感」といった共通のイメージを持つキーワードが浮かび上がってきました。

王さんの質問はここからさらに『春の庭』の細部にまで及んでいきます。読み込んでボロボロになった本のページを繰りながら、作品を読んでいない人でもわかるように登場人物や設定、描写について細かく説明する姿に、「こんなに読んでいただけると嬉しいですね」と柴崎さん。「作者が作品について、『こういうことを言いたかった』と説明するのは恥ずかしいのですが」と言いつつも、一つ一つの質問に真摯に答えていました。
まず最初の質問はラストについて。夢オチのような展開は何が言いたかったのか。これについて柴崎さんは、東京という街自体が、芸能人とすれ違うなど、まるで夢と現実を行き来しているような不思議な感覚を与えると言います。インターネットなどで夢の世界を先取りされてしまっている今の世の中では、夢への期待が高まりすぎて現実が追いつかないし、バランスが悪い。「そんな中でこれが自分の人生なんだ、と捉えていくにはどうしたらいいか、というようなことを考えながら書いた小説なんです」。
つづいて物語の中心となる「水色の家」の庭にある穴について。穴を掘った先に出てきたのはただの石、という展開を読んで、王さん自身は「かなりの虚無感だった」と言います。掘った先に何もない、これは人生に例えるなら、夢から醒めてしまう悲しい状況だというわけです。これを聞いた柴崎さんは、「とても面白い」と嬉しそう。
「すべての小説家がそうとは言いませんが、少なくとも私は自分の小説をすべて知っているわけではないんです。それこそ穴を掘って行ったら何かあるような気がする、という感じで。何もないことを強調したかったというよりも、私は大きな感情が揺れ動くことをあまり信用していないところがあって、ドラマチックな書き方をしないんですけれど…読んだ人それぞれが、そこに何があるのか感じてくれたらいいと思います」
さらに登場人物について。まず登場人物の年齢設定が30代〜50代だというのを不思議に感じたこと。どの人物も孤独に描かれていることは意図的だったのか。「みんな離婚しているけれど、日本はそんなに離婚率が高いんですか?」という質問には、柴崎さんも大笑い。「聞いていたらひどい人ばかりですね(笑)」。30代、40代の人物を描いたのは、自分が思い描いていた人生と実際の人生が違ってしまった時、どう折り合いをつけていくか、そろそろ受け入れなければならない年齢の人を描きたかったからだそうです。

最後に王さんは、自身が一番気になっていた質問をぶつけました。それは小説のラストで、語り手が突然第三者から主人公の姉に変わる部分。この強烈な効果を生む手法には、作品を読んだ方なら誰でも驚いたと思います。「この小説のことでインタビューを受けると必ず聞かれることなんですが…」と話し始める柴崎さんに、会場全員の注目が集まりました。
DSC_2294「そもそも小説って一体なんなんだろう。小説という形式、一人が延々と話している不自然さ、誰が誰に話しているのか分からないことがいつも気になってしまうんです。ですから語り手が変わることについては、もしかしたら最初から姉の視点だったのかもしれないし、太郎が姉のふりをして見ているのかもしれない、という形式の書き方をしてみたかった。もう一つは登場人物の視点として、隣の家の人を見ているつもりの太郎も、実は誰かに見られていた。見ているつもりが見られているというのが、大きな都市の視点だというようなことも考えました。ですが、これという正解があるわけではありません。むしろ読んだ人に聞いてみたいです」
熱心に聞いていた王さんはうなずいただけでまとめに入り、「今日は我慢強く質問に答えてくださってありがとうございます。日本の作家さんをこんな風に拷問にかけたのは初めてです」と言って笑いを誘いました。

拷問は大げさとはいえ、王さんが次々に質問をぶつける形のトークとなりましたが、敏腕編集者と芥川賞作家との作品に関する細かい応酬から、最初に柴崎さんが話していた「不自由さ」「ぎこちなさ」「違和感」というキーワードが掘り下げられていったように思います。日々の生活の中で感じるギャップをどのように抽出していくのか、自分が書きたい“何か”に向かって懸命に穴を掘る、そんな表現者の舞台裏をほんの少し垣間見たような90分間でした。
王さんが最後にもう一度、柴崎友香さんの作品を会場のみなさんに推薦し、「とても日本的で、女性的な、しっかり噛み締めてほしい小説」と評していたのが印象的でした。
 

 

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執筆者プロフィール

高橋真紀(たかはしまき)
フリーランスライター。
2011年から台湾に在住し、
雑誌やガイドブックなどで活動中。